当時、アマチュアとして、一緒に学び、一緒のステージに立ち、一緒に切磋琢磨した仲間、ライバル、先輩…。そして指導してくれた先生。
前田たかひろ氏、伊秩弘将氏、岡崎律子氏、桑村達人氏。
お世話になった坂田和子氏、プロの仕事を教えてくれた村田博之氏、酒井省吾氏。
今思えば、音楽的素養を養うには、本当に恵まれた環境と人に囲まれた20代でした。
それぞれに活躍の場を切り開き、プロの音楽家として大成功した彼らを、とても誇らしく思うと同時に、一緒に切磋琢磨したライバルとして夢半ばで挫折した私には、もう少し続ければ良かったという後悔の念と共に、やや複雑な心境でもあります。
ただ、今思えば、やはり彼らの確固たる信念、行動力には目を見張るものがありました。
やはり成功すべくして成功したのだと思います。
タウンページで、作詞家・来生えつこ氏の電話番号を調べて、「私の詞を見て下さい!」と、直談判した前田たかひろ氏。(個人情報に厳しい今ではとても考えられませんが…。)
音楽プロデューサーやレコード会社などに延べ200本以上のデモテープを持ち込んだという伊秩弘将氏。
当時、私は、それだけの行動力を持ち合わせていませんでした…。
またコーラスレコーディングでご一緒させていただいた岡崎律子さんの言葉は、いまだに忘れられません。
【写真:右から酒井省吾さん、関根弘幸(私)、桑村達人さん、岡崎律子さん、酒井由美子さん】
帰りの方向が一緒で、岡崎律子さんと2人で総武線に乗った時のこと…。
私は、岡崎さんに「僕も音楽を仕事にしたいと思って頑張ってきたんだけど、何も成果を出せないまま、もう25歳になるし、今からプロを目指すにはちょっと遅いかなと思っているんですよ…。」と、自分の悩みを打ち明けました。
そしたら岡崎さん…
「何をやるにしても、遅すぎることってないよ。そう思った時がスタートで頑張れば、必ず夢は叶うよ!」
この頃、岡崎さんは、エレナーという女性3人グループで、ヤマハポピュラーソングコンテストの本選まで出場を果たしてはいましたが、まだアマチュアで、私より5つ年上…。
エレナーでは、作曲とコーラス担当だった岡崎さんが、何とこの3年後くらいに、ソロヴォーカルで、シンガーソングライターとしてデビューしました。
女性シンガーとして30歳を過ぎてデビューするというのは、当時とても珍しいこと。
その後、「魔法のプリンセスミンキーモモ」や、「ラブひな」などのアニメソングで才能を発揮し、自身の歌手活動以外にも、他の歌手への楽曲提供など大活躍されていたのですが、本当に残念なことにスキルス胃がんを患い、44歳の若さで敗血症性ショックで他界されてしまいました。
「何をやるにしても遅すぎることはない、そう思ったときがスタート」
当時30歳で、デビュー前の岡崎律子さんの言葉ですから、本当に凄いです。
岡崎律子さん本当に素敵な言葉をありがとうございます!
これからも、この言葉を私自身の糧にすると共に、心より岡崎律子さんのご冥福をお祈りしています。